0083

英語の授業は英作文の添削で、ちゃんとやっているのは僕くらいだった。高校生の頃にあんなに適当だったのに歳のせいもあるがこんなに真面目にやっている人はいないと思う。

やっぱり思うのだが、やっぱり仕事をある程度してアカデミアに戻るという選択はやっぱり開かれていたほうがいいと思う。お金とかもろもろの話はあるが、義務教育以降はどんなタイミングでどんな教育を受けてもいいような。足並みが揃わない生徒を監督する先生の負担は増えるかもしれないけど、もうどうせ金太郎飴みたいな同じ能力が重宝される時代もわずかだろうに。

その後Howtomakeの補講があり、高速で機械設計の方法と素材のレクチャーがあった。詳しいところは説明する時間はもちろんなく、どこで手に入るか、何をよく使うかなど実務的な事に集中していた。結局独学モデルだと思う。授業の成績なんて通過か落第の二値でいいし、うまく行ったかどうかの評価は先生からの単一視点はあんまり意味ない授業だとも思う。

その後にトーマスと自分達のプロジェクトの打ち合わせ、今日は光と水でどうゆう作品を作ってみたいかという先週よりも一歩踏み込んだ話をした。少しアイデアが出たけど、まだまだ決め手は無い。彼はコンピュータ・サイエンス出身だがビジュアルに強い、他の事でも色々教えてくれた。

夜に思い立ってもうひとつ基板を作ることにした。有線ネットワークの基礎の基礎で今度は一つのブリッジ(親玉)と2つのノードをつなげて交信させる。

それにしてもこの基板設計は楽しい、そもそも今週はすでに出来てる基板図を切削し、はんだごてをしてプログラムを焼き付ければいいのだが、楽しみの一つに例示の基板図よりも小さくして作ることだ。設計ソフトの練習になるし、切削の限界幅などの挑戦も楽しい。時間が許す限り作っていきたい。次は無線交信。

夜10時くらいになってしまい、頭痛がしたので寝る。

0082

今日はベテランの日である。毎週楽しみにしていたHowtoMakeがなくて少しさみしい。 寝坊してブランチを頂き、学校に行ってHowtomakeの時間を利用して課題の一つでありグループワークである機械制作の打ち合わせを行った。みんなで一つの機械を作るのだが、熟議の結果『ケーキ舐め機』を作ることになった。僕は土台チームになった。

その打ち合わせが終わって、研究室に戻ったが休日なのに人がいっぱいおり集中しづらい環境だった。

なので早めに切り上げ、ジンジャーエールと卵を買って帰宅。家に戻って自転車を組立る。みのりがベトナムで買ったものでいわくつきの竹製である。雪でどうにもならなくなるまで使ってやりたい。

その後夕飯を食べながら家計の相談をみのりと行い、支出が想定よりも多いことが分かった。まあ厳しいが色々工夫をしてみよう。

その後は明日の宿題である英作文をやりかけて寝る。

0081

早朝に起きてケントとの打ち合わせ、というか告白に対応するためにスライドを作る。少し路線変更をしたいと思ったのだ。

その結果うまく行き、別のプロジェクトに配属になった。一緒にやっていたカルロスは少し寂しそうな感じを出していたが彼の修論には名前を載せてくれるらしい。隣のフィルが研究室内の人間関係について吹聴してくる、彼と彼は反りが合わないだの、彼は人の成果を持って行くだの、前情報として聞いておく事は参考にはなるかもしれないが聞いていて気持ちがいいものではない。人が増えれば当然こうゆうこともあるだろうがどこにいてもスキャンダラスに物事を取り上げ時には野次馬根性をさらし、時にはいらないところに油を注ぐ人がいるものだと関心する。そんな細事を淘汰するほど強度があるものを作ればいいという精神論に傾倒したい気持ちが強くなる分、忍耐強く戦略を練って無用な労力から逃げることにする。

それ以外は火曜日なので、英語の授業で三回目の試験だった。出来はまずまず、日本に帰ってきてちゃんとした英語を勉強するチャンスを逃した(真面目にやらなかったというのもある)のでたまに馬鹿にされるけど本人は楽しくやっている。すでに学期の後半だがHowtomakeとこの授業に集中することができてよかった。そろそろ最終課題とともに次にどんな授業をとりたいか策を練らなければ。

聞けば冬と夏の間に開講される特別授業もあるらしくどちらかと言うと息抜きに近い内容で「楽しい授業」が選べるそうだが、それも検討してみたい。さすがアカデミックテーマパークである。

間の時間にパソコンの設定でヘマをし、家に戻らないと直せない状況になったので早めに帰宅をして無事復旧、家で継続する。

0080

月曜日なので授業は無いのだが、学生生活の中で一番おもしろそうなイベントがあった。CritDayと言われる批評会でいわゆる修士学生の修士論文の中間発表だ。一年後は自分の番になるし、何より一級上の先輩学生がどんな研究を行っているのが気になっていた。ここで特にこのメディアラボの多様性を感じることが出来る、ある学生は電動義足専用のモーターを開発すべくごりごりのエンジニアリング・最適化を行うという事を提案すれば、自分が行ったアート作品を中心に論を展開していく学生もいる。朝10時から気づいたら16時で途中出たり入ったりしたがあっという間だった。

少し英語のテストのための復習を行い。6時位にもうひとつ基板を作ることを思い立ち、作り始めて家に戻って写真を撮り終えたのが10時前、だから四時間くらいで回路設計、基板設計、基板切削、ハンダ付け、そしてプログラミング(ここはありもの)までできた計算になる。ありものに倣ってやったまでだが最初は切削からプログラミングまでで一週間使っていた時からだいぶ一度の試行錯誤のスピードが早くなっている。

何かを習得するときに人それぞれのやり方があると思うが、自分の場合独学でのプログラミングの成功体験が元になっている。とにかく基本を何度も繰り返し、写経と言えるくらい何度も簡単な問題を解いていくという極めて単純な方法だ。新しいソフトを覚えるのでも、何かの計算を覚えるのでも、繰り返し馬鹿正直にやることが結局一番はやい方法だと思う。ある程度までこれを繰り返してから、人に少し教えてもらうとものすごく吸収が早く更に効率的に勉強できる。

家に帰って、今週の成果を記録に残すべく写真と動画を取る。

明日はケントと打ち合わせ、実は今参加しているプロジェクトから抜けたい旨を伝えたいと思っている。そのためのスライドをつくろうとしたが、インプットが多かったのか疲れて寝てしまう。

0079

お母さんが日本に帰っていった。次はみのりの出産の時に来ていただける予定だ、今回の旅でどれだけアテンドできたかわからないが夕飯の時間などたくさんお話出来てよかった。やはり海外という隔離された場所での話は家族であっても得るものが大きい。特段大きな問題もなく無事送り届けられた。

学校に戻り、久々の集中タイム。金曜日に書いておいた基板3枚を切削しそのままはんだ付を行う。本当はそこまででいいかと思っていたがトントン拍子にいったので最後の一歩手前の段階までテストすることにした。ハンダ付けも相当うまくなり、パーツを選ぶもの早くなった。以前よりも早く試行回数を増やすことができているので集中しておくかいがある、 マイクロコントローラにプログラム焼きこみ無事ステップモータを組み込むことができた。スピーカーはうまく行かないので引き続き試行錯誤を繰り返そう。

0078

お母さんと三人で病院見学に行った。初めての子供なので何が評価基準があんまり定かではないがとても手厚いケアをしてくれそうだ。ただ日本の出産と考え方ややり方が違うのでお母さんが事前に来て頂いて結構助かったと思う。 明日お母さんが帰ってしまうので、最後の晩餐ということでこちらのエゴを通し、日本料理居酒屋の「行っとこ」に。お母さんはもうすぐいくらでも日本食を食べれるというのにここぞとばかりに甘えさせていただいた。わがままついでに鯵の寿司を頼んだのだが、予想を超えて美味しかった。そりゃ湘南のそれと比べたら限界はあるが、普通に食べれる。あとは唐揚げ、しめ鯖、漬物、山芋のふわふわ焼きと普通の居酒屋メニューを堪能した。

と、お母さんが前野さん家の歯医者業を手伝っていた「たださん」なる人の娘の話を聞き、大変感銘を受けた。聞けば孫に対するおもちゃは受け取らない方針らしく、それならまぁよくあることでものが溢れてる時代にさらにものが増えてもしょうがないと思う親の気持ちも十分わかるが、その代わり手作りのものであれば受け取るということらしい。

1ものを大事にする。戦後70年以上たって、こんなに豊かになって物質的な満足感はほぼ満たされていると思う。僕個人は現状なに不自由なくありがたく過ごしている。だけどものがあふれている現代は最終成果物よりもそれを作る過程やそれを受け取り身に付ける生活、に価値がどんどんシフトしていると思う。作る大人もものを作るために道具を大切にするし、ものが増えるスピードが遅い分子供もものの大切さがわかると思う。

2マス・カスタマイゼーションに倣っている事。大量生産大量消費から少量だけど自分だけのものを作る考え方は今でさえ3Dプリンタが取り沙汰されている現代ではわかりやすいがこうゆう思想が背景にあり、一番大事だと思う。

3子供と大人を制度上できるだけ等価に扱おうとしている事。「買い与える」という年功序列的な考え方ではなく大人も何かつくって人に上げることで、子供も何か自分でつくってお返しするという立場の公平性が保たれると思う。上記の1,2も子供に対する教育にもちろん影響するが、同じ効果をそれを渡す親や大人にも与えると思う。

0077

電子工作の授業は終わったのだが、次のセクションがプログラミングとなりどんなものかと思い顔を出す。聞いているとプログラミングを教えるわけではなくその仕組みとソフトウェア開発をするときの判断(どんな言語でどのように作ればいいか)を教えてくてくれるらしい。なんだか楽しそうなので単位になるかわからないが受けてみようかと思う。といってもこれからHowtomakeが大変になるので辛くなったらやめよう。ただ面白いのは宿題のレベルが三段階になっていて自分のレベルに応じて選べるらしい。これならば考える時間がなければ初心者用をこなしていけば負担も少ない。

夕方5時からHowtomakeの補講があり今回は機械づくりの実習だった。3チームに分かれて一つの機械づくりをした。ひとつはレーザーカッターと切削で電源をつくり、ひとつはガイドシャフトを作り、もうひとつはプログラミングだった。レーザーカッターはあんまり触りたくなかったのでプログラミングを選択し制御を数名で試みた。結局ボクのPCで動かすことになり、なんなくこなす。おまけでキー操作で動かせるスクリプトも書き十分貢献したと思う。とても簡単にダンボール製の機械が作れるのでとてもたのしかった。

その後は今週のHowtomakeの基板図を作っていた。昨日ハンダ付けまで行ったのだが、デザインの欠陥を直し、そのバリエーションを作りつつ、もうひとつ基板図を書いてみた。結構楽しい。

夕飯は電車で南下し、Island Oyster Creekというシーフードへ。二ヶ月前に一緒に中華を食べた従兄弟もお誘いして4人。この叔母、従妹とその夫とご飯を食べるという不思議な間柄は新鮮だとおもう。それも異国の地で、叔母からいろいろ自分の親について聞くというのは面白いと思う。家族の形を違う方向から見えるチャンスだ。

0076

木曜日になりなだらかに落ち着いてきている。

英語の宿題があったが前に焦ってやっておいたので特に準備せず一日を過ごせた。

英語の授業がありそれ以降は今週のHowtomakeの課題を始めた。回路図を書き基板図を書いて切削まで行った。切削のドリルの間隔の調整が難しくあまり回路の線どうしを近くに書いてしまうとくっついて切削されてしまう。これを繰り返し最適な設定を失敗しながら要領を得て完成版の切削までは行かなくても基板図は完成した。前にも書いたがこの基板をつくるのがトイレの設計ににておりパズルみたいで面白い。いつもだとHowtomakeの補修があるのだがそれは明日になった。

夜はみのり特製豚の生姜焼きだった。お母さんから色々知恵をもらって作ってくれた。

ちょっとうまく行かないことが2つ立て続けにあり不満がたまる。

一つは家族寮についてである。研究室に近いところに移り住むために8月から毎週つかさず更新をしてウェイティングリストを見張っており、先月頭からキャンセル待ちのトップにいたのだかが、今日いきなりそのウェイティングリストを閉じるというアナウンスを得る。すぐにどうゆうことなのかとメールを送ったが結局のところ早くても2月初旬になる可能性がある。僕にとってもみのりにおっても(検診の病院が近いので)ベビーにとってもMITの家族寮に入る事が優先度一番の事なのにいきなり勝手にそのウェイティングリストをやめるという知らせを受けた。

もうひとつは荷物のことである。冬服を日本から送ってもらっているのだが、こちらの郵便局は本当に無責任である。再配達をしてもいつ来るか全くわからないし問い合わせても「取りに来い」と言われるだけである。妊婦でもだ。そもそも家に届けてもらうためにそんなに安い値段ではない金額を払って頼んでいるのだ。

こちらはこういった公共インフラ的な業務のレベルが著しく低い。地下鉄も汚ければ時間は正確ではない。ベトナムと対して変わらない。

0075

朝は電子工作をもうちょっと試してみるが全然できない。そのまま授業が始まり、少し残念な気持ちで受けるも、みんなその部分ができずにいたのでホッとした。

毎度だがHow to makeの日だ。今年は授業カリュキュラムの関係で2つ授業がないらしい。その代わり例年よりも補講の数を多くして対処しているが、宿題の数が少なめだ。ネットワークと機械製作がはずれてしまった。なんとか他の週でやり遂げたい。

ニールも人生で最初にLEDがついた瞬間は嬉しくてとても大切な時間だと行っていた。

いつもはこれでHowToでご飯を食べるのだが、テーマがあまり興味をそそらなかったので、そのまま作業にあてた。というのも朝の宿題ができなかったことが悔しくて、引き続きやっていた。講師の説明があってやっと意味がわかってその理屈通りに回路を組み直す。といってもHowtomakeとは違い組み替えるのはとても簡単なので、そこまで時間をかけずに理解する。

みのり達が帰ってきた。妊婦とはいえものすごく歩いてお母さんをマンハッタン中引き連れ回したらしい。帰ってきてそのままテキサス料理屋に行く。妹の麻里子さんが来た時も連れてきたところ。あいわらず美味しい。頼むものもやや焦げチキンファヒータが定番化した。

0074

朝早めに起きて、昨日のボードに焼きこむコードをつくる。といっても簡単なもので、ボタンを押したらLEDがつく、と言ったもので、そんなに高度ではない。だけど、これができればあとは入力と出力が変わるだけで、そのために来週、再来週授業が用意されている。後半は電子基盤づくりが多いが、多分短時間で反復をしてはんだや一連の流れを習得させるという裏の意図を感じる。

午後に建築系の学生とおちあい自分たちのコードがうまく動作するかのテストを行った。正直僕は建築出身ということで名が通っているので、皆の僕のプログラミングスキルの期待値は低い、僕も本職の方とは比べ物にならないと思っているので、結構謙遜しているつもりだが、蓋を開けてみたら一番高度(機械に近いレベルで開発)にやっており、別段大きな問題もなく無事点灯。少し喜んで友達とハイファイブをする。

夜遅くまで明日の宿題にとりかかる。赤外線LEDと受信機で2つの基板の交信がお題なのだがその手前までで時間切れで一旦家に帰る。家でも粘るが圧倒的に情報が少ない。

0073

みのりとお母さんがNYに小旅行に行った。水曜日に帰ってくるようだ。

How to make の補講があった。機械製作のガイドのレクチャーだった。ダンボール製のガワに、全ネジとステップモータを使った駆動とTAが開発した制御チップを使って各セクチョン(メディアラボ、MIT建築、ハーバード建築)で機械を一つ組み立てるらしい。TAのレクチャーがとても小気味よく、(といっても高度すぎて何を行ってるのかおそらく半分以上の学生がわかっていないが)このくらいのレクチャーが出来るといいのになぁと思っていた。

今週の宿題である、組み込みプログラミングの課題で、なんとか最初のプログラムをマイクロコントローラーに入れ込むことができた。といっても自分のプログラムではなく、ありものなので、この段階で成功とは言えないのだが、ひとまず少し進んだので一安心だ。というのも基板製作、デザイン、切削、はんだまで一連の作業を自分の手で行い、ここまでうまく行くと気持ち良い。ちなみに周りの学生はほとんど何かしらで躓いており、得にデザイン・建築系の学生は基板を焼いたりしていた。ソフトウェアエンジニアチームも組み込み特有の半ハードを対象にするので結構苦戦していた。しまいには僕の基板を使って宿題をしたいと申し出るものも出てきて、まあいいけど、という感じで明日プログラミングをして再集合することになった。

もう何度もここでも書いているが、結局ちゃんと人の話や画面のエラーや操作の説明を読んで何を意味しているか読解する忍耐力が試されている気がするし、それがものづくりに通底する粘り強さになんだと思う。

0072

メンバーイベント、30周年記念が終わり、肩の荷が降りた。これから落ち着いて考えることが出来る。

といっても今日はみのりの誕生日だ。28歳になった。

夕飯はL'ESPALIERという、ニュー・イングランドフレンチを出す店でお誕生日。お母さんと一緒に三人でとても贅沢な時間を過ごした。家族が増えて来年はこんなにゆっくりできないんだろうと思う。でも「2人でいれるのは最後だから」という理由でなんか人生の大きな区切りを作るのもあんまり好きじゃない。そりゃ簡単に二人でご飯は食べれなくなるかもしれないけど、そんな名残惜しく感じる必要も無いと思っている。

みのり誕生日おめでとう!27歳は本当に色々ありましたね、28歳も引き続きイベントが目白押しだ。一緒に楽しんでゆこう。

0071

ハロウィンだ。

思えば去年単身でボストンに乗り込み、いろんな先生に握手をした。その時覚えているのが今一緒に研究している人がどんなに優しく迎えてくれたかだった。一年後に全く違う立場で同じ場所にいることが少し感慨深いが、何にせよ(日本にいる人達も含めて)いろんな人に支えられていると思った。

ハロウィンなので街中に仮装している人が跋扈しチビ達や若い大学生風の人がうきうきお祭り気分で緩んだ表情で和やかだった。

学校は同窓生が自由に出入りできる日でそのために幾つかのグループがデモを先輩に見せて意見を伺っていた。学生の子供もいっぱいいて最上階で学生達の研究をつかったお化け屋敷があったりラボ全体が昨日の30周年記念を二日酔い混じりにゆるやかに楽しんでいるふうだった。みのりのお母さんにラボの中を紹介して彼らはボストンを散策するために一旦はぐれた。そのあと

夜からケンダル駅からひと駅のチャールズMGH駅で降りて、ビーコン・ヒルにて全米で最も古い街の一つであるここでの本場のハロウィンを堪能した。大切にメンテナンスされているけど古いレンガ造りの街なみとハロウィンの装飾がとても似合いさながらディズニーランドのような感じだった。ここも去年コスタスに勧められて一人で散策したが、今年みのりとみのりのお母さんと来ることができた。

0070

メディアラボの30周年記念PTだった。1985年なので僕と同い年なのである。

朝からクレスギーホールでトークイベントがあり、夕方5時30分まで魔神が入れ替わり話していた。途中で用事がありあったので抜けたり戻ったりだったが本当に元気というかやりたいことをやってればいいという励ましをもらえた気がする。全員伝説になりそうな人達で、元国連総長のアナンさんとかアメリカ国家技術大臣(CTO)とかが来たり、とにかく豪華な人達がプレゼンをしていた。その中でもマービン・ミンスキー※1、アラン・ケイ※2、ニコラス・ネグロポンテ※3のプレゼンが心に残った。本当に好きなことをここまで追求するとこんなに光るんだと思うくらい眩しかった。

終わった後のレセプションで生牡蠣がでたり、30周年記念ビールがでたり、昼食のお弁当の箱も特殊仕様だし、挙句の果てに箸にもMLのロゴマークがついているというなんだかすごい会だった。

発表者のすごさも然りだが、参加していた人たちひとりひとりがおそらく魔神なんだろう。頑張ろう。

※1 マービン・ミンスキー・・・AI(人工知能)を打ち立てた人の内の一人。ちなみにHowtomakeのニールの師匠がマービンである。

※2 アラン・ケイ・・・大雑把に言うと黒い画面に白い文字だけだったコンピュータにマウスをつかってウィンドウやフォルダを選択できるようにした人。オブジェクト指向プログラミングというプログラミングの方法も発明しました。

※3 ニコラス・ネグロポンテ・・・預言者。現代のテクノロジーについて数々の予言を的中している。もともと建築学部出身。インターネットを全世界に無料で提供したいという野望を語っていた。接続の自由?という権利を主張していた。

0069

メンバーウィーク2日目だった。午前中は発表資料の手直しをし、より説明しやすい順番とペースに した。

昨日とは違う対応を目指すために日本人の方に多く声がけした。純アジア系の企業のメンバーは結構引け目の場合が多い、アパレルショップの店員ばりにジェントルな声がけをして対応をする。明らかに日本人だとわかっていても、日本語で話し始めるのにすごく気を使う。名前がそうでも話せなかったり、英語のほうが流暢だったり、まずは英語で挨拶するのがマナーというものだろう。ただし、一旦話始めるとそこから日本語にするのがすごく難しい。発音がアメリカ仕込な分、話し相手はは話し始めれば僕は英語のほうが喋れると思うだろう。いろいろ立ち回りが微妙なのだ。

周りの学生が日本人の名刺の渡し方に興味を持っていて、二組くらいにやり方を教えた。日建時代の研修で正式?な名刺の渡し方の講習が功を奏したようだ。

結果的にいろんな人からフィードバックをもらい、どっとつかれたが楽しかった。その後5時からHowtomakeの補講があり、機械同士の通信についてだった。疲れていた上に何を行ってるのか全くわからなかった。授業後に周りの学生に笑っちゃうほど頭に入らなかった。

今週がプログラミングなのでまだやればわかると思っている。ただ、集積回路の仕様書を読むという課題がありそれが200ページ超で、飛ばし読み禁止らしい。

その後みのりのお母さんが日本から来ボスしてくれた。直前で無料のエコノミー(がいっぱいだったために)ビジネスへのアップグレードがあったらしい。いいな。今日から10日間来てくれる。

0068

いよいよというか数日前から用意していたスポンサー参観の研究紹介セッションの日である。各学生が今取り組んでいるプロジェクトを陳列させメディアラボに対して研究資金としてお金を投資している企業の代表が訪れる。会の趣旨からもボストン出張ということで決済権をもつ役員の人来るので追加投資の可能性もあるし、逆に企業はどのアイデアも自由に持ち帰ることができる。

会の構成は午前中に教員のパネルディスカッションや講演が行われ先生が思うビジョンを紹介する。その後来賓が研究所全体に各々自分興味の向くままプロジェクトを物色し学生の話を聞いて回る。学生にとってみたら自分のアイデアにお金がつくこともあるし何より実務で活躍する役職が高い人達からのフィードバックが得られる。逆に企業は投資した分をいかに回収できるかを考えるので投資してもらっている感覚はあるものの両者良い緊張関係の中で学生が発表をし質問される。

スポンサーの名前をおそらく伏せないといけないし、ここは研究の内容を書く場でもなければ知的所有権の関係でそもそも書けないが、一般的な事をいうと僕の所属している研究室は都市を対象にしているので若い世代しか共感できないニッチなスマートフォンアプリを開発するよりも文脈が理解されやすい。今日みつけた発表の改善点を明日盛り込み更新させてもう一日がんばろう。日本企業のスポンサーがすごく多かったが日本語で一度も説明しなかった。それも一度できるように明日のプチノルマにしよう。

2時半からその研究発表のセッションだが、一時からHowtomakeがある。ニール先生はメディアラボとは厳密には違う研究所を運営しているのでメディアラボの行事に関係なく授業が開催される。そもそもハーバードやメディア・ラボ以外のMITの学生もいるので普通にやるのは当たり前だ。

1時間半ただしゃべるだけなのにやはり準備の労力もありつかれた。

0067

鋳物の2作目の”打設”も終わり課題を終える。三角スケールを作った。

午後2時から本格的な金属の鋳造の補講でアルミキャストだった。危険だけどテーパー※1の見込みを加える以外は手順は一緒だった。いつかやってみたい。街時間が多い補講だったのでその間に今年は7年に一度の授業の回数が少ない学期らしくいろいろなものを無理に押し込めているらしい。そのために補講だらけになる。残念なのは本来、週ごとの課題が出るがそれに取り組む時間が無いことだ。

夜帰ってHowtomakeの課題を終わらせる。大好きな授業を半分しか出席できないのが心残りだし、その上今週の課題のレクチャーを聞けなくて困っていたが気を利かせた生徒の一人がいつもは課題の見せ合いを最初にするところを課題の講義を最初にできないかと問いそのような流れになりそうで少し安心した。相変わらずファニータのレンダリングの納期が遅れているが(とても大きいけど)それ以外の明日の準備も収束に向かっている。レンダリング画像も一段落し発表資料の最終調整などを行う。

全然関係ないけど寝床の中で放屁を繰り返し布団の中がとてもくさい状態でみのりが寝返りをしたとたん悶絶していたのが可笑しすぎた。すまない、腹の子も含め。

テーパー※1 部材に少し傾斜をつけ鋳型を取り出すときに抜けやすくする工夫。

0066

朝に工房統括のジョンを探すが見当たらない。その足で昨日型取りをしたメス型を使い一回目の鋳造を行った。このシリコンどうやら溶かした金属にも対応するらしく、やってみたいが小火の騒動があったので今週はおとなしくすることにする。午後には一個整形するでき、更に別の素材でもう一個整形した 。

学校でも基本的にスポンサー参観のための作業を続行し、4時頃にケントと合わせての作業になった、まあ引越前の最後の一週間なのでファニータも落ち着いて作業ができるはずもなくあんまり進んでいないが、なんとかある形にはまとめれそうだ。僕の外観パースはみのりの協力もあってかみなを感心させることができた。このくらい当たり前だが、内心このスキルをあまり表にしたくないという気持はある、便利なやつだと思われたくない。ただしこの打ち合わせの後にもう一人のチームメイトのカルロスが今まで一番気持ちよくない打ち合わせだったと申告してきて何故かと説いたら彼のアイデアが一切盛り込まれることなく物事が決まっていたからだという。まあ建築がバックグランドにある三人がよってたかった最後の打ち合わせをしている時に考えられる事だがく短い時間で有耶無耶にしていた部分をバッサバッサ判断して形にまとめていくやり方に納得がいかないらし。そりゃそうだ。エンジニアリングという段階的なプロセスに対して往々にして建築デザインは飛躍してぐつぐつ煮込んでいたものを最後に急激に冷却され形にする。いろんなプロセスがあっていいと思うが、疑問は残るしカルロスの味方をしたいが、こうゆうやり方でうまく行ってきた歴史もあろう。ただし、このやり方ベストではないと思う。案の探索をいかに計画するかはデザインのとても重要な範疇だ。

0065

朝から鋳造の最初の段階であるオス型を作るべく学校に向かう。小火騒動の件以来初めて工房へ訪れるので恐る恐るだったが幸い機械は順調に動いていたため問題はなかったらしい。見ていると、この授業毎年刻々とバージョンアップされている、2011年に田中先生が受けた当時のこの鋳造の回はバーキュームフォーミングという吸引力で整形する課題だった。あと、最終課題の内容もジョジョに決まってきた。他にいいアイデがなければこのまま車のついた歩く植物を作ろうと思っていたのだが、違うのを思いついた。どんなものかはつくってみてからのお楽しみだ。

切削は大方うまく行ったが、モデルのデータの余白の見込みが外れて少し想定と違うものができそうだ。オス型の切削を終え、そのままシリコン製のメス型を作るべく基材を混ぜ放置して来た。何度も書いているが日曜朝のものづくりは本当に気持ち良い。日曜大工とは良くいったもので多分朝からやるのがポイントだと思う。終わらせ、すぐに家に戻り研究を再開させる、研究と言ってもモデリングとレンダリングなので新しいことはあんまりない。夜にキリが良かったのでみのりと隣駅の韓国系のスーパーに行き食材を買いに行った。夜からみのりにも手伝ってもらいながら折り合えずの暫定レンダリングを仕上げ明日のケントとの打ち合わせに備える。

0064

この週末は作業に集中したく、そのためと言わんばかりに寝坊をして体力を回復させた。

みのりのHowtomakeの課題もアイデアが固まり明日切削できそうだ。昨日の騒動発端であるお別れの会があり、強い酒を飲まされるなどし、初対面の人などと他愛のない話を強制的にさせられる機会を頂いた。こうゆうばの苦手具合は日本でも外国でも変わらないようだ。ただし、ホットプレートとドライヤーがもらえ、みのりは大変満足していた。日本人の研究者も何名かいらしておりそこでも何を話すわけでもなくぼわぼわと時間が過ぎていった。足早に帰り、といっても二軒先なので眼と鼻の先だが、課題に集中する。